そうだ、あしたは桜桃忌。 太宰治を人間失格と斜陽と走れメロスだけしか読まないのは、人生損だぞ。

人非人(ひとでなし)でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ」
 と言いました。
ヴィヨンの妻」ー太宰治

 


そう、とりあえず今のところは生きていてブログがかければよい、と感じているモリモト(@mirai1975)です。
こんばんは。


明日6/19が太宰治の命日、桜桃忌なので、前から何回も叫んでいることを改めて叫びます。


太宰を人間失格と斜陽と走れメロス、だけでやめてしまうのはもったいない!

 


太宰治、というのはどうしても人間失格と、最後の心中事件に引きずられてしまいます。
人間のイメージというのはそんなものだ、といえばそんなものなのですが、そこで終わって、太宰で有名な
人間失格
斜陽
走れメロス
あたりを読んで終わりにしてしまうのは、あまりにももったいない!
と思うのです。


太宰がすごいのは、ストーリーよりも、比喩。
そして、言葉の選び方と、一人称を書き分ける技術ですね。


個人的なおすすめとしては、
冒頭の「ヴィヨンの妻
女生徒の一人称で書かれた「女生徒」
あまり知られていないですが「新樹の言葉
になります、

 

女生徒と、新樹の言葉の一文を引用します。

さようなら、私は、王子様のいないシンデレラ姫。わたくし、東京のどこにいるか、ご存じですか?
もう、ふたたび、お目にかかりません。
(女生徒)

 

 


よく人は、甲府を、「擂鉢すりばちの底」と評しているが、当っていない。甲府は、もっとハイカラである。シルクハットを倒さかさまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない。きれいに文化の、しみとおっているまちである。
新樹の言葉

 


こうした、抜き出した一文を読んだだけでも、
作品を読んでみたいと思いませんか?
これが、太宰の魅力です。

 

太宰が亡くなり、67年。
自分はいつの間にか太宰の死んだ年齢を越えてしまいましたが、
大人になってから読む太宰、というのは
学生時代に読んだ太宰とは、違った感想を持つのは確かです。
そう、太宰の言っていたことは、そんなにはずれていなかった、ということも。

今日は久々に、斜陽でも読み直しながら眠りにつこうと考えています。


姉さん、僕はブロガーです。

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